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神戸電鉄車内乗客AB談! 第1話

- Kobe Railway A&B Stories No.1 -

【水筒×麦茶=???】


 神戸電鉄の車両に揺られながら今日も俺は通学に勤しんでいた。今日はいつもより比較的早めの時間の電車に乗ることが出来たおかげか、車内はそれほど混んでいない。目の前の優先座席が一人分だけポツリと空いているが、さすがにそこに座るのは気が引ける。

 電車に乗り込んだときはいつもどおりの平凡な一日の始まりを感じていたのだが、今は違う。月とすっぽんレベルに違う。

 後ろから聞こえてくる声が、絶対にあの二人の声なのだ。そう、少し前に見かけたあの女子中学生らしき(以下「らしき」を省略)二人組である。

 ヤバイ、ヤヴァイ、今、俺、めっちゃテンション上がってる。いや、まさかこうして再び会えるとは思っていなかった。奇跡だ!神は私を見捨てなかった!

 今までの通学経験でここまでハイになったことはない。つまり前代未聞の領域に足を踏み入れることになるのだが、そんな事はまぁどうでもいいか。

 俺は全神経を研ぎ澄まし、この前と同じく進行方向右側の扉に背中を預けているであろう二人の女子中学生の会話を聞き「盗」ろうとする。そう、いわゆる「ヌスミギギ」である。後ろめたい気持ちは、ない。(断言)

 俺は二人の名前すら知らないことに気づき、ショートの方をA、ロングの方をBと心の中で勝手に命名した。いや、我ながら残念すぎるネーミングセンスだと思うね。


             *            *             


A「そうそう、前から思っていたんだけどね」

B「ん〜?」

A「水筒にお茶って入れたくないよね」

B「あぁー、なんか分からなくもないかも」

A「なんか変な味がするよね」

——そ、そうか?そんなこと無いだろ。

B「個人的には緑茶は嫌かな」

A「あぁーちょっと分かるかも。でもでも、私が一番嫌なのは麦茶かな」

B「麦茶?」

A「うん、だってね……」

B「だって?」

A「————カブトムシの味がするから」

——……はぁ!?

B「あぁ、なるほどね」

——いや、Bよ。そこは頷く所なのか。

A「甘いような、苦いような、微妙な味がするんだよねー」

——っていうか、カブトムシ食べたことあるのか、おい。

B「うん、特に水筒の中が鉄だったらカブトムシっぽくなるよね」

——いやだからなんでカブトムシの味が分かるの!アンタらの過去に何があったんだ!

A「あぁ、鉄だね!鉄だよね!氷入れたときにガラガラ〜って音がするやつだよね!」

——べつに鉄じゃなくてもガラガラ〜ってなるだろ。

B「あれだね。味は例えるなら、えっと……ふ、ふよ……」

A「ふよふよ?」

——いや、多分「ふようど(腐葉土)」が言いたいんだろ。それよりも「ふよふよ」ってなんだよ。半濁音つけたら連鎖が気持ち良い、某有名ゲームになるじゃねーか。

B「(笑)それって『ぷよ○よ』の小さい丸をとっただけじゃん!」

おわぁ!まさかの同意見!

A「あ、本当だねー。でも良くない?『ふよふよ』って可愛いじゃん」

B「まぁ、そうかもね。それで良いか。で、まとめると、中が鉄の水筒に麦茶を入れたら『ふよふよ』の味がするよねっていう」

——もう何の話か分かんないし。っていうか『ふよふよ』採用するのかよ。

A「分かる分かる。ふよふよって感じだよね〜」

——たった今新しく作られた造語で話がスムーズに進むっていうのも凄いな、おい。

B「本当に勘弁してほしいよね。水筒に麦茶とか。私麦茶嫌いなんだよね」

——うん、分かったぞ。水筒とか関係ないじゃん。お前さんが嫌いなだけじゃん。

A「でも、ふひょ……じゃなくて」

——A今噛んだよな!しかも噛み方可愛いし!

B「クスッ」

A「うぅぅ……」

B「ふよふよ、って本当は何が言いたかったの?」

——あ、そこに言及するわけね。

B「クスッ!プハッ!」

——もう噛んでなかっただろ!いつまで笑ってるんっすかBさんよ!

A「ひどい〜、そんなに笑わなくても良いじゃんかぁー」

——ちょっと拗ねたように言うA。うん、頬とか膨らましてたら最高だね。

B「ごめんごめん。……そうだねぇ。何が『ふよふよ』になったんだろうね」

A「う〜ん……あれだよね。カブトムシがいる土のことだよね」

B「そうそう」

——あ、やっぱり腐葉土だな。

A「難しいねぇ」

B「まぁ、カブトムシの味がするっていう結論が揺らぐことはないんだけどね」

——だからなんでカブトムシの味が分かるんだってば。

A「カブトムシって美味しい?」

——美味しくないから水筒(鉄)×麦茶の組み合わせを嫌ってたんだろうが。

B「エスカルゴは美味しいよ?」

——待て。どんだけ良い家庭に育ってるんだ。中学でエスカルゴとか。

A「エスカルゴって……なに?」

——あ、エスカルゴ知らないのか。

B「ん〜……敢えて言うなら、カタツムリ?」

——敢えて言わなくてもカタツムリだろ。

A「えぇっ!」

驚いたような、少し怯えたような声を上げるA。まぁ初めて「カタツムリ=食べられる」

と知った時の妥当なリアクションだろうな。

A「カ、カラまで食べるの?」

——いや、着眼点そこかよ!普通は「カタツムリ食べるの?」だろうが!

B「食べないよ。こう、中身だけ突き刺して、抉り出して、ジュルリって……」

——な、なんか鳥肌が立つ表現だな。

A「そっか……カラはさすがに食べない方が良いよね。えっと、その『えすがるご』って美味しいの?」

——エスカルゴの言い方が妙にたどたどしくて、非常に微笑ましい。

B「うん、なかなかに美味しいよ。あとはやっぱり、グサッ!ってカラの中に小さなフォーク状のものを突き刺した時の感覚がたまらないね」

——あれ?Bってひょっとして……

A「感触?」

B「うん。カラの中を抉り回してたら、凄くテンション上がるよ」

——今、自信が確信に変わった!コイツ若干Sの気がある!

A「そうなの?」

——ダメだ!A!お前はそっちの道に行っちゃいけない!

B「うん。……って言っても、まだ2回しか経験した事は無いんだけどね」

A「んっと……その『えすかるご』って中身は生きてたりするの?」

——死んでるに決まってるだろうが!調理するときに確実に火使ってるよ!

B「残念だけど死んでる。ハァ……」

——な、なんだよそのため息。何か深い何かを感じるよ!

A「あ、もうすぐ新開地だ」

——何事も無かったかのようにスルーできるAの器の広さに脱帽。

B「ほんとだ。そろそろ降りる準備しなきゃ」

A「『えすかるご』は比較的遠い存在だけど、カブトムシは近いからね〜」

——いやいや、カブトムシも十分遠いから。

B「大丈夫、私、今日はウーロン茶だから」

A「あ、私も私も〜!」

——あ、ドアが開いた。


             *            *             


 俺は電車の外に出て、ふと立ち止まった。

 すると、十五メートルくらい前方に、恐らく乗り継ぎがすぐ迫っているのであろう二人組の少女達が、懸命に走っている後ろ姿が見えた。

 いやぁ、カブトムシか。面白い話を聞かせてもらったな……っとやばい。俺も乗り継ぎがもう来ている時間じゃねーか。

 俺は鞄を持ち直して、乗り継ぎの電車が待つホームに向かうべく歩き始めた。

[神戸電鉄車内乗客AB談! 第1話 終]