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神戸電鉄車内乗客AB談! 第5話

- Kobe Railway A&B Stories No.5 -

【はじめまして、まっきーです】


 三学期が始まった。最近の朝は暗いわ寒いわと、起きるのがつらい事この上ない。布団の中で意識は覚醒していており、出なければいけないと思っているが出られないものだ。

 今日も例外ではない。今はこうして神戸電鉄の先頭車両に揺られているが、四十分前には布団から脱出するのにかなり苦労した。あれは七間地獄の一つにカウントしても良いレベルだと思うね。

 さて、今年の正月は家族で旅行に行った。結構な遠出だったのだが、空気は綺麗だったし、自然に囲まれた場所だったので、気分がリフレッシュできた。ご飯も美味しかったし充実した旅行だったと思う。まぁ、唯一の心残りはカウントダウンパーティーに行ってたから紅白歌合戦が見れなかった事くらいだ。

 そろそろ中学三年を意識するようになってきた。あと三ヶ月弱で進級だ。一応義務教育期間中だから、大きな問題を起こすとか、余程の事が無い限りエスカレーター式に学年は上がれるけど、高校になったらどうなるんだろうなぁ、なんて考えてしまうものだ。

 俺の後ろでは今日も二人が話に華を咲かせている。それにしても、いつ見ても可愛い。あれだね、変なおっさんとかに襲われないか心配だね。……いや、もしかしたらBだったら華麗に回し蹴りでも決めて追い払えるかもしれないな。


             *            *             


A「とっとっときょーとっきょきょきゃ」

B「何言ってるの?」

A「と、きょかきょきゅ……」

——噛みすぎだろ。

B「え?どうしちゃったの?フリーズしたの?」

A「早口言葉だよ」

B「え?アレグロ並にめっちゃ遅くなかった?しかも言えてなかったよ?」

——いや、アレグロ早いほうだから。そこはアンダンテとかだから。

A「うーん、難しいなぁ……」

B「で、何の早口をやろうとしてたの?」

A「えっとね、だから、とっきょとっきょと、ときょかこきゅ……」

B「……東京特許許可局だね」

——な、こいつスラっと言いやがったぞ。

A「す、すごーい!すごいね!」

B「いやいや、それほどでもー」

A「じゃあさ、あかまききゃみあおみゃきがみきまききゃみって言ってみて?」

——わざとかと思うほど言えてないが、本人は至って真剣に言っているようだ。

B「赤巻紙青巻紙黄巻紙緋巻紙」

——ちょ、レベル高いんすけど。

A「て、天才かもだね……」

B「いやいやそんな。この手の早口言葉にはコツがあるんだよ?」

A「へぇ、そうなの?」

B「うん。そもそもさ、大抵の色が入る系の早口って“赤青黄”だよね?多分アレは“黄”のところでリズムを崩す目的があると思う」

A「さっすが!まきまき博士だねっ」

——いや、まきまき博士て。そんな博士号貰ってもあまり嬉しくないんじゃ……

B「うぉ!いーね、そのまきまき博士って!私今度から自己紹介に使おうかな」

——喜んでるし!しかも自己紹介に採用レベルだし!

A「『はじめまして、まきまき博士です!』って感じに言えば、掴みはバッチリだね」

B「『“まっきー”って呼んでください!』って言えば良い感じだよね」

——初対面でそんな事言う人がいたら、俺は間違いなく博士じゃなく勇者と呼ぶね。

A「あ、そうだ。コツってなんなの?」

B「ん?あぁ、その話ね。ようは、平仮名じゃなくて感じで捉えるってこと。意味を考えながら言うと、若干だけど言いやすくなるね」

A「赤まきまき青まきまき黄みゃき……」

——まきまき引きずってんじゃねーよ!

B「たとえば『瓜売りが瓜売りに来て売り残し、瓜売り帰る瓜売りの声』とかは、意味を考えて言わないと、訳が分からなくなるよね」

A「うり、って何回言ったっけ?って分からなくなっちゃうよね」

——だからその考え方がダメなんだってば。

B「まっきーが薪巻きに来て巻き残し、薪巻き帰るまっきーの声」

——即興で作りやがった!しかも粗方文脈通しやがった!ただ薪は巻けない!

A「まきまきゃっ」

——早ぇよ!噛むの早ぇよ!

A「う、うぅぅ……」

B「まぁまぁ、そんな落ち込む事無いって。いきなりは誰でも無理だからさ」

——いや、さすがに四文字目で詰まるのはどうかと思うんだけど。

A「せめてまきまき言いたいよー」

B「言えてるじゃん」

A「うーん、本番というか、早口の中だとどうしても言えない……」

B「よし、あれだね。もうあの手を使うしかないね」

A「?」

B「よく“目の前にいる観客を全員かぼちゃだと思え”って言うよね」

A「わ、私はそんなに使った事は無いけど何回か聞いた事くらいならあるよ」

——そりゃ使う機会なんか無いわな。

B「でしょ?でもね、私はあの表現あんまり好きじゃないんだ」

A「え?何で?」

B「だってインパクト弱くない?」

——そうか?

A「そうかな?」

B「私だったら“目の前にいる観客を全員ひょっとこだと思え!”って言うね」

——嫌だ!観客全員ひょっとことか嫌だぁ!

A「ぎゃ、逆に緊張しちゃうかも……」

B「何言ってんの。あんな顔してるんだよ?私達の言ってる事なんて右から左で、聞いてないに決まってるじゃん」

——あんな顔って……なんてこと言うんだ。

A「あ、そうか。そう言われてみればそうかもだね」

——Aも肯定してんじゃねーよ!

B「あと、アレだね。顔見てると笑えてくるから緊張もほぐれる」

A「そっか。今まで頑張ってハロウィンの時とかに使われるパンプキンとかを想像してたけど、これからはひょっとこの時代だね」

——嫌だよそんな時代。ってかあえて顔彫ってたんだ。ハロウィンの方なんだ。

B「意表を突いて般若でも良いかもね」

——怖いわ!良くないわ!

A「はんにゃ……?」

——お?どうやらAは般若を知らないらしい。

B「え?知らないの?めっちゃ可愛いのに?」

——嘘教えてんじゃねーよ。

B「うん、まぁ結構いろんな種類があるっぽいけどね。厳密に言ったら」

A「そ、そうなんだ」

B「にゃ、がつくし、名前の響き的に可愛いでしょ?“はんにゃん”みたいに」

——なにが“はんにゃん”だ!何かもう般若が持つ厳つい風情的なものが崩壊してるよ!

A「か、可愛いかも!はんにゃん気に入ったよ!」

——だ、ダメだA!だまされちゃダメだ!

B「はんにゃんはんにゃ〜ん♪」

A「はんにゃ〜んはんにゃん♪」

——ここまでくるとAが本物の般若を知った時のリアクションが凄く気になる。

B「ま、つまり早口が言えるようになるためには、日頃の練習が大切ってことだね」

——なんでそこに飛ぶんだよ。般若に関係無いだろうが。

A「えと、赤はんにゃん、青ひゃ、はんにゃん———」

B「そうそう」

A「———黄にゃんにゃん」

——ぎゃああああ!原型とどめてねーよぉ!こんな嫌なにゃんにゃんは初めてだぁ!

B「アハハハハハ!にゃ、にゃんにゃんて!ギャハハハハ!お、面白すぎー!」

A「え?何で?ちょ、ちょっと間違えちゃっただけじゃん!」

B「いや、お、大人の事情って奴……」

——まぁそりゃ『般若→はんにゃん→にゃんにゃん』だもんな。笑いたくなるわな。

A「うぅぅ……」

B「ご、ごめんごめん」

——Bの声がまだ若干震えてる気がする。笑いをこらえてるんだろう。

A「だ、大丈夫だよ……」

B「ク、ククッ……あ、もう新開地だよ。走る準備しなきゃ」

——大分ツボだったらしい。まだ笑ってるよ。


             *            *             


 と、そのとき徐々に減速し始めていた電車がキキィーとかいう音を鳴らしながら停車した。電車から降りるべく扉の方へ向き直った俺の視界に入ってきたものは、ゾロゾロと下車する乗客と、その中でもひと際目立っていたのが扉が開くや否や猛烈なスピードで電車から飛び出して行ったAとBの後姿だ。

 もうなんと言うか、え?陸上選手?って聞きたくなるくらいのスタートダッシュだね。オリンピック選手にでもなれば良いと思ったね。

[神戸電鉄車内乗客AB談! 第5話 終]