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神戸電鉄車内乗客AB談! 第6話

- Kobe Railway A&B Stories No.6 -

【本命ホワイト義理煮干し】


 二月十四日。今日の日付だ。そう、バレンタインデーだ。

 バレンタインというと、思い出す事が一つある。あれは確か小学五年生の時だったと思うのだが、ある女子から義理チョコを貰った。

 まず中身だが、明らかに市販のアーモンドチョコだった。しかも三粒。

 そして包みだが、俺の目がどうかしていなかった限り、どうみてもティッシュペーパーだったね。駅前とかで売ってそうな。

 そしてそのチョコを包むティッシュの先端を輪ゴムで括れば超安価な義理の完成だ。

 輪ゴムは適当に調達してきて、ティッシュは駅前で配ってたのを貰ったものと仮定すると、なんとアーモンドチョコ(市販)三粒分しか金はかからない。

 学校の帰りに貰ったから、歩きながら食べて帰って、通学路沿いの溝にティッシュと輪ゴムを捨ててやったね。まぁ市販だし、味はそこそこだったけど。

 さて、どうでも良い俺の昔話はこれくらいにして、AB談に耳を傾けるとしようか。神戸電鉄の先頭車両に揺られながら、今日も俺は後方で繰り広げられているAB談に集中することにした。


             *            *             


A「うわぁーいよいよ今日だね」

B「ん?何が?」

A「え〜分かってるんでしょ?今日は二月十四日だよ?」

B「うん、そうだね」

——まさか素だろうか?あえてボケてAをからかおうとしてるんだろうか?

A「本命作ってきた?私は作ってきたよー」

——ちょ、今の聞き捨てならねぇ!おいA!相手は誰だよ!

B「本命?どういうこと?」

A「もう、何でそんな事言うの?今日が何の日か考えたらすぐに分かるでしょ?」

——少々Aがご立腹ですな。

B「え?今日は煮干しの日でしょ?」

——は、はぁ!?

A「…………え、えぇぇぇ!?」

B「信じられないなら調べてみなよ。今日は煮干しの日だよ?」

A「そ、そんな!私、今日バレンタインデーって思ってたよ?」

B「おっかしーな……煮干しの日なんだけどな……」

A「み、みんな二月十四日を目標に、チョコ作り頑張ってたじゃんかーっ」

B「煮干しの間違いじゃないの?」

——この時点で確信したこと。Bの奴、ぜってーAをからかって遊んでるよ。

A「そ、そんな……嘘でしょ?」

B「…………うん、嘘だよーん(笑)」

——『だよーん』ってっ!最近まったく聞かなくなった語尾だな!

A「え?えっと、その……」

B「でも、二月十四日が煮干しの日っていうのは本当だよ。たしかに、世間一般ではバレンタインデーとして認識されてるけどね。」

A「そ、そうなんだ。よかったぁ〜」

——安堵感満載の口調もまた可愛らしい。

B「本命かぁ。私は今年は作ってないね」

A「えぇー、そうなの?」

B「うん、しっくり来る相手がいなくてね。今年はお預けかな」

——やっぱりこういう話って女子同士盛り上がるんだろうな。

A「義理は?」

B「煮干しをいくつか(即答)」

——あんた鬼だ。

A「えっ!?それ本当?」

B「八割冗談かな。いくつか義理チョコで、一人だけリアクション目当てで煮干し」

A「そんな、可哀相だよ……」

B「まぁ、バク転レベルのリアクションが来たら、普通のチョコ渡してあげようかな」

——ハードル高すぎだから。

A「ちゃんと用意してきたんだ。良かったー」

——自分のことのように一喜一憂するA。優しいね。

B「まぁね、ホワイトと見せかけたマヨネーズ入りのチョコを」

——普通のチョコじゃねぇ!リアクション芸人でもびっくりだぞ!

A「マ、マヨネーズ?」

B「私思うんだよね。大きさとか形とかで本命と義理の区別をつけようとする人、結構いるよね。でもそうじゃなくてさ、もっとこう、斬新なものが良いと思うんだよね」

A「で、でもマヨネーズって……」

B「これでも三日間くらい悩んだんだよ?」

——三日悩んでたどり着いた結論がマヨネーズて。

B「向こうも一発で分かると思うんだ。『嗚呼、これは義理なんだな……』って」

——いや、そんなしみじみと思いにふける余裕は無いと思うから。あと、多分煮干しの段階で分かってもらえると思うから。

A「あ、それはメリットかもだね。勘違いはされたくないもんね」

——だからってマヨネーズはないだろ。って分かったぞ!B、この前『健康な食生活=マヨネご飯』とか言ってたな!(第4話参照)実はマヨラーだったのか!

B「でしょ?一応カロリー1/2のを使ってるから、体のことも考えてるしね。えへん」

——何を自慢気に言ってんだよ!マヨネーズ選択する時点で論外だよ!

A「たとえ義理でも、そういう優しさは忘れちゃいけないよね!」

——だから大前提がおかしいって!優しくてもマヨネーズは嬉しくないって!

B「来年は、節分の残りの豆でも入れてみようかな」

——ここまで来ると嫌がらせの領域っしょ!

A「年の数だけだねっ」

——おい!Aも乗ってんじゃねーよ!

B「……ターゲットは弟」

——弟ぉぉぉぉ!

A「えと、来年の今頃は……六年生?」

B「うん、今五年だからね。ってことは十二粒か」

——そ、それは勘弁してやれって!弟可哀相だって!

B「あ、そういえばあいつグリーンピース嫌いだったな。それでも良いかもね」

——チョコに緑色の物体は嫌だぁ!

A「へぇ、グリーンピース苦手なの?」

B「うん、どうも嫌いみたいだね。よし、チョコを小さめのボール型にしといて、その中に仕込んどいてやろう」

——それって下手したらグリーンピースが占める割合の方がデカくなる可能性がっ!

A「残さず食べてもらわないとね。好き嫌いは良くないし」

B「そうそう。バレンタインを機に、好き嫌いを一つ克服して欲しいものだね」

——新しいトラウマが出来て、余計に嫌いになりそうな気がするのって俺だけっ!?

A「やっぱり手作りだよね。気持ちがこもってるもんね」

B「そうだよね。市販でグリーンピース入りなんて見ないよね」

——誰も考えつかんわ、そんなもん!

A「そういえば最近さ、マシュマロが定番だったホワイトデーのお返しが、変わってきてるように思うんだけど……」

——が、倍返しや三倍返しを要求されるのは、今も昔も恐らく未来も変わらない。

B「ま、別になんだって良いのよ。倍以上にして返してくれれば」

——黒すぎるよこの子。

A「自分が頑張った分、相手には期待しちゃうよね!」

B「去年は自己最高記録だったね。弟に三千円のCD買ってもらった。ぶっちゃけこっちは五百円使ってないのにね!ざっと六倍〜七倍か。アハハハハハ!」

——だから黒すぎるよこの子!

A「すごーい!私は四倍が限界だよ」

——うん、上等すぎるからね。

B「ま、今年も搾るとするかな……弟から」

——弟ぉぉぉぉ!

A「でもやっぱり、こういう形で自分の気持ちを伝えるチャンスがあるって良いよね」

B「うん、でもなぁ。私は裏でニヤニヤしてる企業が気に食わないね」

——まぁ、それは俺も思う。

B「だから煮干しでいいと思うの」

——おかしい!そのつなげ方はおかしい!

A「……義理は、ね」

——ちょ、A!そこは条件つきでも譲歩しちゃいけないところだと思う!

B「朝、担任が教室に入ってきたらメッチャ魚臭いの。で、担任が『お、今日はそういえば煮干しの日だったな。食べるのは構わないが、授業中はダメだぞ』とか言ったりして」

——休み時間だったら食べても良いんだ!まぁ煮干しだからお菓子じゃないけどね!

A「休み時間に先生が教室に入ってきて『こら○○!なに学校でガムを食べている!今すぐ口から出しなさい!』『先生違います!これは煮干しです!』『あ、あぁそうだったのか。ど、怒鳴ってすまなかったな……』っていう会話も夢じゃないね」

——やっぱり先生許しちゃう設定なんだ!

B「面白そうだよね。私達の次の代あたりには、二月十四日は煮干しの日になってて欲しいよね」

A「うーん、どうかな?楽しみだねー」


             *            *             


 その時、俺の後方から扉が開く音がした。AB談に夢中になっている間に、新開地に着いたのだろう。本当、AB談を聞いてると、あっという間に時が過ぎていくもんだね。

 俺は電車を降りて、乗り換えをする人たちが移動する波に乗りつつ、遠く前方の方に見える二人の少女の後姿を視界に捕らえた。



 その瞬間、俺は言葉に出来ない不安な気持ちに襲われた。



 何故かは分からない。けれども、たしかに一瞬なったのだ。今度彼女達の後姿を見るのはいつになるのだろう、と。

 そして、俺の不安は、一番望んでいなかった方向に的中してしまう事になる。



 この日を最後に、俺は彼女達の後姿を二度と見ることは無かったのだ。

[神戸電鉄車内乗客AB談! 第6話 終]